大阪地方自治研究センター発行「フォーラムおおさか」2003年7月号

「自治体政策」を契約決定基準に

                   自治労大阪府職 労働支部長 橋本芳章

はじめに

 大阪府は、4月末から6月にかけて、「大阪府庁舎の清掃業務」「門真運転免許試験場の清掃その他の業務」について、新たな入札方式を打ち出しました。  その考え方は、私たち自治労が「政策入札」として提唱してきたものに近いものです。  つまり、委託を受ける事業者の選定にあたり、ただ単に価格競争をさせるだけの従来のやり方でなく、「地方自治法施行令の総合評価方式」を活用することによって、入札に自治体の政策意図を持ち込んだものです。今まで、最低制限価格の設定もままならない競争入札と価格以外の事項は一切考慮されない契約決定基準の中に、府の政策意図を盛り込んだ取り組みは、今後の入札制度のあり方、ひいては府の政策の進捗に大きな影響を与えるものとして高く評価されるべきものです。

自治労は、なぜ政策入札に取り組むのか

 自治労は、民間委託の流れに反対してきました。  組合員は、委託価格がダンピングによってきわめて低く抑えられ、「安かろう、悪かろう」のトラブルが職場で起こっていることを目のあたりにしてきました。毎年行われる競争入札の中で、委託先が変更され自分と同じ事業所に働いていた労働者が解雇されるのを見てきました。そのため、自治労は入札問題に深くかかわって取り組みを進めてきたのです。  もちろん、委託先の労働者にもいろいろな労働組合があります。全国一般、全港湾、地域ユニオンをはじめ様々な労働組合が自治体を相手に交渉し、訴訟を起こしています。  自治労自身も、公共サービス産業の労働組合として、自治体関連労働者の組織化に取り組んできました。

競争入札の矛盾と地方自治法施行令改正 

 私自身、かつて病院の医事業務に携わっていましたが、すでにその業務は委託されています。しかも、かつて随意契約の要素となっていた経験や関連部署との協力関係も考慮されません。この間の安ければいいという自治体コスト論によって、すべて競争入札にすべしという風潮が蔓延しています。  競争入札制度の下では、落札してから労働者を採用し、次の競争入札で落札できなければ解雇するという「脱法的状態」が助長されてきました。そして、委託契約価格は競争入札のたびにダンピングされる状態で、その行き着いた先が府内自治体で発生した「1円入札」です。受託企業労働者の劣悪な労働条件を固定化する制度となっています。ダンピングせず、まっとうな賃金単価を計算して競争入札に臨むと落札できません。直接的な雇用関係は会社ですが、落札できなければ、実際上職場が一つなくなり、失業、雇用不安をうみだすことになります。「中小企業の健全育成」というのも、自治体の重要な政策課題ですが、例えば、ビルメンテナンス業界の経営幹部は、「役所の競争入札が一番たちが悪い」「健全な企業経営をしようとしても困難」という批判を寄せているほどです。  このような矛盾に対し、自治労は総務省との交渉を続けてきましたが、2000年の交渉で、総務省から「自治体にとって、もっとも有利な事業者を選定することができる」との考え方と、「最低制限価格の設定」を引き出し、02年3月25日、地方自治法施行令に「低入札価格調査制度、最低制限価格の設定をすべての請負契約に拡大する(第167条の10、第1項、第2項)」「落札基準を価格だけでなく、その他の条件が自治体に有利なものをもって申し込んだ者を落札者とする」との規定が付加されたのです。

大阪府の総合評価方式

 前述のように、総合評価方式それ自身は「自治体にとって、もっとも有利な事業者を選定することができる」ということだけで、今まで「他の事業者にない特別な要件」を前提に随意契約してきたことの延長のようなものです。  しかし、大阪府の案件では、「自治体として有利な、あるいは望ましい基準」として、従来の「価格」に加えて、「役務の技術的評価」とさらに、「福祉への配慮」と「環境への配慮」を加えたのです。ここが全国で初めてといわれる所以でしょう。「公共的評価」を明文化するにあたっては、各種検討会議や、特に総務部用度課をはじめとする職員の大変な努力があったことは想像に難くなく、大きく評価するものです。

行政の福祉化プロジェクト

 大阪府では、関係各部局が連携し、障害者の雇用や自立支援を推進するため「行政の福祉化推進プロジェクト」が庁内横断組織として設置され、福祉の観点から各施策の見直しを続けてきました。  4月に出されたプロジェクト報告では、@官公需発注を活用した雇用・就労対策 A緊急地域雇用創出特別基金の活用 B知的障害者、母子家庭の母の非常勤採用 C府営住宅への住宅困窮者の優先入居−など、既存財源活用策などの報告をまとめました。  今回の入札もその具体策の一つで、公共性評価として、福祉への配慮では「知的障害者の就業状況」「就職困難者への支援」「母子家庭の母に対する取り組み」を、環境への配慮については「環境への取り組み」「再生品の使用」「低公害車の導入」があげられています。  この総合評価方式は、価格一辺倒であった従来の入札方式に対し、その公平さを担保しながら、行政としてのコスト論、つまり、行政としての効率性について一定の問題を提起しました。仮に、一時的に契約単価が高くつくとしても、障害者の雇用や環境などに大きな行政効果を見込め、その分、行政の効率化が計れるというという見方ができるということです。

〔総合評価の進め方の概要〕 入札を実施するにあたり、事前に価格以外の評価項目及び各評価項目の評価点を学識経験者の意見を聴いて(評価委員会)決定し、最も評価点が高い者を落札者とする(地方自治法施行令第167条の10の2第1項)としています。そして評価委員会は、技術評価については研修、緊急対応、自主検査体制を、福祉への配慮では知的障害者の配置状況、就職困難者の雇用予定人員、障害者の雇用率などを、環境への配慮では、環境ISO、再生品の使用状況、低公害車の導入など、それぞれ具体的に加点するとしています。 詳しくはこちら

平成15年4月30日大阪府告示760号

  評価合計                                    100

     価格評価                                  70
     技術的評価                                12
     公共性評価                                18

        知的障害者の就業状況           7
      就職困難者への支援          2
      障害者雇用に対する取り組み    2
      母子家庭の母に対する取り組み  2
      環境への取り組み             2 
      再生品の使用                1
      低公害車の導入              2

 

 

最低制限価格設定の難しさ

最低制限価格が設定できることになったということは大きな前進です。 かつて総評大阪地評など関係労働組合から要請があり、府として最低制限価格を事実上設定していました。そのため、全国的にも大阪は厳しいといわれていました。しかし、ある施設の警備業務について、最低制限価格の設定は違法だとして裁判に持ち込まれたことがあります(「公金支出差し止め等請求事件」)。この裁判は最高裁で敗訴という結果に終わりました。  今回、自治法施行令の改正で最低制限価格を設定できるようになったわけですが、新たな問題があります。警備や清掃など委託価格の大部分が人件費といった契約については、競争入札に参加する事業者の入札価格が最低制限価格に「張りつく」という事態がおこり、担当者にとって、その運用が困難となっています。ここでも総合評価方式で価格以外の契約基準を定めることで、契約対象の事業者選定において合理性を確保することが可能となります。とりあえず、「一円入札」など極端なダンピングの入る余地がなくなったことだけでも大きな前進だと言えます。

府民の税をどう使うかは、府民合意で

 総合評価制度に、行政がその政策課題を契約決定基準に盛り込むことは、府民が拠出した税をどれだけ効果的に効率的に執行するのかということへの一つの解答でもあります。一時的には費用が高くつくようにみえたとしても、政策トータルで判断すれば、大きな成果が得られることがあります。  自治体において、委託価格の安いところと契約するのか、福祉や環境に配慮したところと契約するのかなど、委託に充当する税の使い方をめぐって議論する審議会を作るのも一つの考え方ではないでしょうか。議員を始め障害者や女性、環境などの行政施策に関心の深い市民代表などが、委託契約に係る税金の使い道を議論し、合意を形成する場とするというのはどうでしょうか。

悪いところは排除せよ

前述のように委託先の労働者で組織される労働組合は、自治労も含め、大阪府に対しいくつかの要求、交渉を実施してきました。一つは、悪いところは排除せよという考え方です。「不当労働行為を行うような企業、労働関係法令を守らないような企業は入札から排除せよ」という要求に対して、大阪府知事は「労働関係法令を守らない企業に対して一定期間指名停止の措置をする」と答えています。  大阪府の各契約書には「すべての労働関係法令を遵守すること」の記述が入っていますが、現実には「雇用保険や健康保険に入っていない」「賃金未払い」「最低賃金違反」などがあり、その実効性について問題点が指摘されています。これを事前に防止できないのでしょうか。契約が完了してから、労働関係法令違反が判明しても、本来は「契約違反」であるにもかかわらず、本体契約に伴う行為を実行してさえしておれば処分することは困難だという状況があります。今回の総合評価制度において事前審査を厳格に行い、虚偽報告を行なったところには、入札停止措置をとるなどの運用が必要です。

技術評価による不安的雇用労働者の解消

 言うまでもなく、雇用保険も、健康保険も一定の要件を満たしている労働者(週20〜30時間勤務など)にとっては事実上強制適用となっています。賃金、労務関係費などを試算して最低制限価格を出すとき、当然これらの要素は満たされていなければなりません。それなら、雇用保険適用事業所、社会保険適用事業所であることを前提として契約すべきだという考え方になるわけですが、たとえば一つの事業所の清掃を、何人の労働者が、何時間で仕上げるかというところまで規定(仕様書)しても、当該労働者が先の要件以下の短時間勤務のアルバイトであるとされると「強制適用事業所」にはならないということになります。  清掃や警備など委託業務で、女性や高齢者を有期の短時間雇用することで利潤を確保し、落札に失敗すれば解雇するというような事態をなくすためには、技術評価の中に長期雇用、安定雇用をしているところは、職員の「経験」が「技術・技能」を高めるという観点で、「加点」するという考え方が必要であると考えます。

総合評価制度の更なる充実を

 総合入札方式が受託企業の技術的評価、障害者雇用や福祉への配慮、環境への配慮を打ち出した以上、「いいところを優先する」という考え方をさらに一歩進めるべきでしょう。  先に触れたように委託請負企業の場合、競争入札で落札に失敗すれば、そこに働く労働者は失業の憂き目を見るケースが多く存在します。府民の財産の維持管理について大いに貢献した労働者を優先評価して、継続雇用していく仕組みを作っていくことも大きな課題として残されています。  また、請負契約は自治体財務でいうと「委託費」に属します。土木・建設の委託費は「投資的経費」に属し、その規模は委託費の数倍にのぼります。すでに府の構想には入っていますが、今回の総合評価制度の適用対象を早期に土木建設分野に適用することで、府の施策の進捗を一層促進しなければなりません。さらに、障害者、母子家庭の母、環境などの評価項目を、男女共同参画などの府の基本施策に沿って拡大していくことも必要です。このように総合評価制度を、地域住民の福祉の向上と府民の合意のツールとして発展させる努力を引き続き行なうべきだと考えます。