個別労使紛争処理制度の充実に向けて
自治労府職労働支部
1.はじめに
昨年10月に「個別労働関係紛争解決促進法」が施行され、国の地方労働局において、個別労使紛争の取り組みが始まった。また、これと並行して、殆どの都道府県において地方労働委員会を活用する形で、個別労使紛争の取り組みが始まっている。
集団的労使紛争を中心とした戦後の労働行政は、労働組合の組織率の低下、就業構造の多様化や労働関係の個別化の中で、この数年大きな転換が図られている。
派遣やパートの問題、裁量労働や変形労働時間制度、男女の平等待遇やフリーターの問題など、多くの問題提起に対し、労働者の人権を守る観点で適切な法制度の整備がなされているとは言えず、労働組合もそれらに対応できていると言えない。
個別労使紛争処理制度は、現行の労働関係法制度や集団的労使紛争の解決システムでは労働者の権利が守られていないという現実を背景として提起されたものであり、その相談内容は今後の労働行政の目指すべき課題の多くを示唆するものといえる。
2.個別労働関係紛争解決促進法制定の背景にあるもの〜労働相談の増加と労働関係法制度の不備など〜
景気低迷下での競争激化や規制緩和の推進に加え、長期的に見ても派遣やパートなど雇用形態の多様化、年俸制や成果主義賃金に見られる労務管理の個別化、国民の価値観の多様化が進む一方、労働組合の組織率の低下が進む中、労働相談件数は増加の一途を辿っている。
労働局の関係機関(監督署や安定所等)が受け付けた相談件数は全国で百万件を超えているとも言われており、都道府県の労政事務所等が受け付けた相談件数は12万件といわれている。大阪府に寄せられる労働相談件数についても、ここ4年1万件を超えている。これ以外に、労働組合や弁護士会等が取り組んだ労働相談会にも多くの相談が寄せられており、労働相談のニーズは非常に高いものといえる。
相談内容も、解雇・退職勧奨や賃金未払い、労働条件の不利益変更など、労働者の生活権を侵害する悪質なケースが多く、複数の要素が絡み合う複雑なケースが増えている。
こうした労働問題の多発に対して、労使自治による労働問題の解決と労働基準法等による労働条件の最低基準の遵守を枠組みとするわが国の法制度は、有効に機能しえていないと思われる。つまり、労働相談における相談者はその大半が労働組合のない中小企業の労働者であり、また大企業に働く派遣労働者やパートタイム労働者であるためであり、また、労働条件の最低基準の遵守・監督者である労働基準監督署が、その余りにも厳格な法律解釈と運用のため適切に実行力を行使していないためである。そして、現行の労働関係法規が、企業内に属する事柄は原則として民事、民法に委ね、労働者の人権を守るための規制、ワークルールを確立していないためでもある。その結果、不利益を被るのはいつも労働者であり、使用者の違法・不当な状態があっても、是正できないという何とも歯がゆい状況を生み出している。
労働相談の現場から見たとき、多発する労働問題に対し、現行の労働関係法規は労働者の救済に不備であるといわざるを得ないし、労働基準監督署には、少なくとも、その権限の範囲については権能を十分発揮・活用して労働条件の社会への徹底を要望したい。
このような中で、個別労働関係紛争解決促進法が今回施行されたことは、この法律の内容上の不十分性はあるとしても、一定の前進と受け止めることができる。
3.個別労働関係紛争解決促進法について
今回施行された個別労働紛争関係解決促進法では、個別労使紛争については、基本的に国が取り組むこととしており、地方公共団体は、その地域の実情に即して取り組むことを努力義務として定める複線的なシステムとされている。
しかし、個別労使紛争の処理については、監督権限を持つ機関とは独立で、労使が参与できる機関として、地方労働委員会に権限を付与すべきとの連合などの主張が取り入れられなかったため、その制度の枠組みは十分とはいえない。
個別労使紛争の取り組みは、地方労働局の企画室が担当することとなり、労働基準部以外にその事務局は置かれたものの、同じ地方労働局長の下にあり独立性は十分とは言えない。また、当初のあっせん、調停、仲裁の構想はあっせんのみに変更されているし、あっせん委員も3人の学識経験者で行うこととされ、労使が参与・参画する構成とはなっていない。
しかも、相手方当事者があっせんに応じるか否かは自由であるとされており、あっせん応諾義務を課さなかった点は、実効性の観点から問題である。あっせん通知書には、「参加が強制されるものではなく、不参加の意思が表明された場合にも不利益な取扱いがなされるものではない」とわざわざ記載されている。強制力のないあっせんという現制度にとって、あっせんが成功するか否かは、相手方当事者(使用者)に対する応諾指導にかかっていると言っても過言ではなく、この点を軽視する労働局の姿勢は、結果として侵害されている労働者の権利や不利益を黙認することになるものと思われる。
また、その体制も不十分である。労働相談の担当窓口には、常勤職員は配置されておらず、労働局OBや社会保険労務士などの非常勤職員のみが配置され、相談を受けることとされている。あっせんに移行する場合は、紛争調整委員会に上げることとなっているが、その担当も大阪では企画室に1名が配置されているのみであり、国が個別労使紛争全体に責任をもって対応しているとは到底思われない。
4.大阪府における個別労使紛争の取り組み
大阪府においても、連合大阪を初めとした各種団体からの要請や個別労働関係紛争解決促進法における地方自治体の努力義務規定の創設を受け、2002年4月から、労働事務所が地方労働委員会と連携して、個別労使紛争処理制度の取り組みを開始した。
労働組合をバックに持たない労働者が使用者と話し合いを行っても解決が図られないケースは当然多い。このため、大阪府では、従前から労使の話し合いによる問題解決の支援を目的として、労使の了解を得て労働事務所の職員が両者の間に入る「調整」を行ってきたが、今回、この「調整」を制度化するとともに、これに地方労働委員会の「あっせん」を追加し、個別労使紛争処理制度として整備した。
他の府県でも、昨年から今年にかけて、個別労使紛争処理制度の運用が始まっているが、大阪府の制度は他の府県にない特徴を持っている。それは、労働事務所と地方労働委員会が連携することにより、「労働相談」、「調整」、「あっせん」という一連の流れを制度化したことである。
他府県においては、労働相談は労政事務所等で受け付けるが、労政事務所等では「調整」は行わず、地方労働委員会において「あっせん」を受け付けるという形態が圧倒的に多い。これに対し、大阪府では、労働相談を労働事務所で受け付けることは同じであるが、労働相談のうち労使間で話し合いの付かないケースについては、労働事務所の職員(調整員)が、労使の間に入って話し合いによる問題解決を支援する「調整」を実施し、「調整」によっても解決が図れなかったケースなどを地方労働委員会の公・労・使の委員の「あっせん」により解決を図るという2段構えの制度を採用している。そして、「労働相談」、「調整」、「あっせん」の一連の流れを担保するため、労働相談前置主義を採用し、すべての申請の窓口を労働事務所に一本化するとともに、「調整」による解決を図るか、「あっせん」による解決を図るかの判断についても、その紛争の実情をよく知っている労働事務所が行うこととしている。
この制度のメリットは、労働相談を聞き、その紛争の実情に詳しい労働事務所の職員が、労使の間に入って話し合い解決を支援する「調整」を実施することで、簡易・迅速に、かつ労使事情に沿って解決の促進を図ることができるという点にある。また、「調整」による解決が困難なケースについては、地方労働委員会の公・労・使の委員が乗り出すことにより解決の実効性を担保するとともに、窓口を労働事務所に一本化することで、労働相談から、「調整」あるいは「あっせん」への適切な移行がスムーズにできるという点にある。
他府県では、「労働相談」と「あっせん」の実施機関が分かれているため、「あっせん」を実施する際は申請者が再度最初から説明する必要があったり、相談者が「あっせん」申請を躊躇してしまうなど、簡易・迅速性やその連携の観点でみると、問題が多いと思われる。この点、大阪府では相談員=調整員(あっせん員)であるため、相談から調整への移行がスムーズで、簡易・迅速に処理できるメリットがある。今後、大阪がどれぐらいの実績を残し、全国の都道府県の取り組みをどのように先導できるかが、都道府県における個別労使紛争処理制度が機能したか否かの試金石になるのではないかとも思われる。
5.今後の課題
個別労使紛争処理の取り組みは、まだ始まったばかりである。既に、実施している国の半期(6か月間)の結果を見ると、全国で労働相談は25万件を超え、そのうち、あっせん件数は800件を超えており、そのニーズは高く、更なる制度の充実が求められている。
そこで、今後の個別労使紛争処理解決制度の充実に向けて、何点か問題提起しておきたい。
ひとつは、現行の法制度の枠内でも、指導・監督権限の行使次第で個別労使紛争の多くが解決し得るということである。労働基準行政や職業安定行政、社会保険行政に関わる者が、その与えられた権限を適切に行使すれば、多くの労使紛争は解決すると思われる。特に、労働基準行政については、社会的違法状態を放置せずに、社会の隅々まで労働基準法の精神を徹底してもらいたい。
二つ目には、一方で現行法規では対応し得ない労働問題に対する対応である。労働相談を受けていると、法律になんら記載がなく、判例の積み重ねによって助言しなければならないケースも多い。労働者の生活権と直結する解雇についても、労働基準法には解雇の手続きに関する記載しか存在せず、どのような場合に解雇が正当なのかという基準は記載されていないし、配置転換、出向等については一切記載が存在しない。つまり、労働者が働く上でのワークルールとなるべき法律が存在しないことが、不要な労使紛争を起こしたり、紛争を長引かせているケースが多いのではないか。
この点では、個別労働関係紛争解決促進法の制定とセットで連合が求めているような「労働契約法案」の制定が必要であったと思われ、労使紛争の事前防止のためにも、その制定が急務である。
三つ目には、労働相談、調整、あっせんに係わる者の能力向上の問題である。個別労使紛争処理制度が機能するかどうかは、そこで働く相談員等の能力、資質や姿勢に関わっていることは言うまでもない。労働問題に関する専門的知識は当然のこと、労使の関係のあり方や労使紛争に熟知している必要がある。国の体制が、労働局のOBと社会保険労務士などの非常勤職員が中心となっていることは、この点から問題が多いと思われる。いずれにしても、人材育成が鍵であり、国として、都道府県を巻き込んだ計画的・系統的な人材育成を行うべきであろうし、必要があれば公的な相談員制度を創設すべきではないか。
最後に、個別労働関係紛争解決促進法の再改正を視野に入れた今後の議論が必要ではないかということである。誤解を恐れずにいうと、国と都道府県に分かれた今回の法案はわかりづらい。国民にとっては、必要な機能・権限を持つ機関が存在すればいい訳で、それは国か都道府県かは関係がない。諸外国においては、行政から独立し、労使が参与・参加する専門的機関としてADR(裁判外紛争処理制度)が存在している。まず、現行の枠内でやるべきことをやることは当然であるが、今後の課題として、諸外国を参考とした制度改正も視野にいれるべきであろう。
6.最後に
個別労使紛争処理制度の問題は視点を変えて見ると、派遣やパートの問題、年棒制や成果主義賃金等の問題であり、すぐれて今日的な労働運動の課題でもある。労働相談の中に見える今日的な諸課題を注視し、労働相談に学び、それに解決の道筋を与えることが、労働組合の社会的使命ともいえるのではないか。