大阪の新しい産業創生の試み
大阪府立産業開発研究所 研究員 平井拓己
(自治労府職商工支部)
I. 大阪経済の現状
2001年は、大阪経済にとっては厳しい状態の続いた1年であった。ユニバーサル・スタジオ・ジャパンの開業や、大阪近鉄バファローズのリーグ優勝による需要増加等、一部に明るい動きがみられたものの、需要・生産の低迷は続き、全般的な景況は悪化の方向へ向かった(別紙図参照)。その結果、雇用情勢は悪化を続け、総務省による大阪府の2001年における失業率(試算値)は7.2%と、47都道府県中沖縄県に次いで2番目に高い数値となっている。
さらに、近年は景気低迷の長期化に加え、より構造的な要因が大阪経済の相対的な地位を低下に拍車をかけている。開業率の低下、中国をはじめ海外や他府県への生産拠点の移転、本社の移転や二本社制の導入増加等にみられる大阪企業の中枢管理機能の流出、大阪におけるマイナスイメージの先行による集客や企業立地魅力の低下、などがこれにあたる。
II. 産業施策への取り組み
(1) 大阪産業再生プログラム(案)の策定
大阪府では、長期化する経済の低迷に対応するため、2000年9月に大阪産業再生プログラム(案)(以下、「再生プログラム」)を策定した。「再生プログラム」には、「中小企業の活力再生」、「新たな産業分野の創出」「魅力ある都市の創造」という3つの柱に基づき、148の施策が記載されており、そのほとんどはすでに事業化されている。それぞれの進捗状況と評価は、可能な限り客観的な指標として把握し、年2回の外部委員による評価委員会で報告の上、評価を受けることとなっている。
「再生プログラム」の中心となる考え方は、中小企業の経営革新によるいわゆる第二創業も含めた、創業の促進である。それに基づき、技術移転、インキュベータの整備、創業支援、IT化対応に至るまで、様々なメニューが用意されている。
注目された施策をあげるだけでも、その内容は多岐にわたっている。府内で創業した企業に対して一定期間法人事業税を最大9割減免する「創業促進税制」をはじめ、府税事務所跡地を活用したIT関連事業向けインキュベータ「インキュイット(inCUEit)」、府内42大学、大阪府、大阪市、経済団体が参画して発足した技術移転支援機関「大阪TLO」など、あらゆる側面から創業を支援する施策が実施されている。
(2) 「再生プログラム」の評価
「再生プログラム」の推進期間は2003(平成15)年度までとなっており、現在は中間点を過ぎた段階である。評価委員会は計4回開催されているが、評価委員からは、目標となる数値を達成したかどうかだけではなく、事業におけるプロセスや定性的な効果も重視するべきである、という意見が常に提起されている。
中小企業者にとって府の産業施策が知られていない、という点も指摘されている。こうした施策はパンフレットやホームページで周知が図られており、また、昨年(財)大阪産業振興機構によって、「創都ビジネスインフォ」という、中小企業向けのポータルサイトが稼働を始め、個々の企業に合った施策を紹介できる仕組みが構築されている。しかし、これらの方策も十分であるとはいえず、事業化した後のPR、フォローアップは依然重要な課題となっている。
また、年2回開催される評価委員会では、非常に多岐にわたる148の施策(創業支援、技術移転等のテーマ別では14種類にのぼる)を細かく評価するのは困難である、という意見も強い。今後、これらの施策を実効あるものとするために、個々の施策を十分に検証・評価し、必要に応じて修正を加えていくことが必要であると考えられる。その際に、評価委員会で指摘された事項について着実に反映していける仕組みが求められている。
III. 新しい産業分野
「再生プログラム」の柱の一つでもある「新たな産業分野の創出」については、今後大阪で成長が見込まれる分野を情報通信、環境エネルギー、健康福祉、バイオに絞り、府庁の活動による初期市場の創出という点を中心に育成が図られようとしている。
このうちバイオ関連分野については、経済産業省が2010年には25兆円規模の市場へと成長すると予測しているように、特に有望な分野であるといえる。大阪においては、高い医薬品産業の集積、ならびに北部大阪地域を中心とした関連研究機関の立地、といった恵まれたインフラがすでに存在しており、当分野の成長に必要な条件が揃っているといえる。
すでに、大阪には全国的に有名なバイオベンチャーが立地しているとともに、大阪商工会議所の主催で「バイオビジネスコンペJAPAN」が過去2回実施されており、第1回の受賞者はこれまでにすべて創業、あるいは企業へ技術移転するなど、産業創生への効果が現れ始めている。
今後、大阪がバイオ関連産業の拠点となるためには、予想される国内外地域との競争激化の中で、大阪の強みを見極めつつ、産業施策として重点的な取り組みが必要となると考えられる。また、兵庫、京都といった関西の各府県でもそれぞれバイオを軸にした拠点整備や産業振興の取り組みが行われているが、こうした近隣府県とパイの奪い合いにならないような、有効な広域連携のあり方を確立する必要がある。
IV. 新しい業態
また、新しい産業のあり方として、大阪のような大都市圏において特に重要であり、かつ成長が望まれるものとして、SOHO(small office, home office)やコミュニティビジネスといった業態を挙げることが出来る。
SOHOとは、業種や正業・副業の別を問わず自宅や小規模な事業所で就業する形態を指し、その多くはITを活用して柔軟なネットワークを形成している。SOHOは、広いスペースを必要とせず、交通アクセスの良いところへの立地を中心とする大都市型の産業であるとともに、新たな雇用創出の手法でもあること、また、多くの場合アウトソーシングの受け皿として機能することにより、他の産業に対して競争力を強化し、立地魅力を高める要因にもなること、等から、大阪にとって今後その成長方策をより十分に検討していく必要がある。
SOHOは変化が速く、一般の事業所とは就業形態が異なる場合が多いためその実態把握は困難であるが、大阪府においてもすでに支援組織が活動しており、データベースの整備も進みつつあるなど、振興への取り組みはすでに始まっている。
一方、コミュニティビジネスと呼ばれる動きも注目に値する。これは、地域を基盤として、地域課題の解決を事業とするような新しい「仕事」及び「事業」のあり方と解釈できる。すでに、大阪をはじめ全国各地で、リサイクルなど環境、福祉、文化、まちづくりといった観点を中心にコミュニティビジネスが誕生しているが、こうした活動の中心となる主体はNPO(非営利法人)である。このような、従来の枠では捉えられない活動主体に対する支援についても、産業振興における大きな課題となってこよう。
V. 産業創生に向けた課題
(1) 中小企業者に対するアプローチの改善
こうした伸びゆく産業分野や業態への支援を今後いっそう進め、大阪産業創生につなげるための課題について産業施策という視点から考えてみると、まず施策の有効活用を図るため、中小企業者に対するアプローチの改善、という点があげられる。
昨年大阪府の実施した新設事業所に関する調査によると、創業にあたっての資金調達源としては自己資金、及び国民生活金融公庫の利用が多数を占め、大阪府の制度融資を利用したという例はほとんどみられない。用意した上記のような様々な施策が、それを本当に必要とする対象、つまり中小企業者に届いているか、また、中小企業者にとっての使いやすさはどうか、という点が検証されなければならないとともに、実施面でのきめ細かさが必要とされる。
また、企業活動にどのような形での支援が必要か、という点について、改めて考えてみることも求められよう。例えば、金融機関の不良債権処理が進む中で、資金調達に困難を感じる企業も多く、大阪府でも制度融資の利用が高まっている。このように公的部門が資金供給を補完することももちろん重要であるが、一方では、過度に資金調達をしなくてもすむような方法を企業と共に考え、アドバイスを行うという支援も必要ではないだろうか。その意味では、従来行われていた企業診断・指導(現在はアドバイザーの派遣といった形で民間活用が進んでいる)を拡充するということも検討に値する。
(2) 戦略の立案
都道府県単位の産業施策を考える際には、個々の企業支援に加えて、事業活動に関する環境整備を地域としていかにして行うか、という視点が必要である。企業誘致の競争が進む中、域内の企業を引き留め、さらに域外から企業をより効果的に誘致するために税負担、コスト、インフラ、規制等の面を含めて、総合的かつ具体的な戦略を立案していくことも公的部門の重要な役割である。
最近では、国の構造改革特区の一環として、大阪府の特定地域を経済特区に指定し、産業の集積を図るという構想も経済財政諮問会議等で検討が進められている。この経済特区も一つの考え方ではあるが、特区の享受することのできるメリットを、府内のより広範囲に適用することが望ましいのではないかとも考えられる。
また、大阪においては、経済の低迷や地位低下の理由として、産業構造転換の遅れが指摘されており、産業再生・創生に向けて、いかにして産業構造を時代に合った先進的で競争力のあるものにしていくか、という点について、地域の戦略として検討し提示されなければならない。そのためには、今後の産業振興ビジョンを考える際に、厳しい財政状況と限られた政策資源の中で、現在とは違う思い切った形で選択と集中を迫られることになる。
例えば、大阪府の府内総生産に占める割合の最も大きな産業はサービス業であるが、府の実施する施策の対象は依然製造業や商業が中心となっている。もちろん製造業についても、ものづくりの重要性は疑う余地がないものの、他地域と同じような製造業振興ではなく、大阪の地域特性に応じた製造業の振興方策がとられてしかるべきである。特化する産業がないことが特徴であるといわれる大阪産業において本気で産業構造転換を実現するためには、様々な反発が予想されるが、全体としてのメリットが大きいということを示しつつ、セーフティネットの整備を図るなどスムーズな構造転換をめざしながらも、思い切った重点化を迫られることとなろう。しかし、現状をみる限りそのような思い切った施策の方向転換が図られる可能性は低いと言わざるを得ない。
(3) 市町村との関係
さらに、施策を実施する際に課題となるのが、大阪府と府内の市町村、とりわけ大阪市との関係である。「再生プログラム」では、その実施にあたっての考え方として、大阪府と大阪市の「適切な役割分担」と「密接な連携」を重視するとしている。実際に、大阪TLOや映画ロケーションの誘致を図る大阪ロケーションサービス協議会(事務局は大阪商工会議所)といった施策では、府と市が共同で参画している。しかしながら、関西経済同友会の2002年2月に出された提言「関西活性化のために大阪府と市の統合を」では、例として、府の「マイドームおおさか」と市の「大阪産業創造館」が挙げられているように、産業振興面での府と市による二重行政が指摘されている。その是正に向けて、例えば府と市が同じ国に持っている海外事務所を統合する動き等がみられているが、性急に統合のみを行っても形式的なものにとどまる可能性がある。府と市の統合など思い切った手段をとらない限り、解消にはほど遠いのが現状であろうが、少なくとも産業振興の考え方や手法について、府と市両者が十分な議論を重ねることが求められる。
いずれにせよ、大阪のようなオランダ一国に匹敵するほどの経済規模の大きい地域の産業振興は、地方自治体をはじめ、いずれの活動主体においても単独で遂行することは困難である。公的部門、民間共に危機意識を共有し、ネットワークをより緊密化させて、中小企業への支援、ひいては大阪の産業再生、創生に取り組む必要があることは言うまでもない。