精神医療から地域生活支援へ
自治労府職中宮病院支部
T.はじめに
1987年(S62)の精神保健法の改正以来、我が国の精神医療は、従来の隔離・収容を中心とした入院医療から、ノーマライゼーションに則した地域精神医療に向けて着実に歩み始めた。それに伴い、我が国の精神病院は、長期在院精神分裂病の治療とケアを中心としたこれまでの治療構造について、変革を迫られている。
今後、公的精神病院と民間精神病院の機能分化を機軸として、救急急性期医療、身体合併症医療、薬物中毒性精神障害医療、痴呆性疾患医療、児童・思春期医療、慢性療養型医療、地域精神医療などの専門診察機能による精神病院の機能分化が進展していくであろう。また、診療機能の専門分化に並ぶもう一つの精神病院変革の原理は、精神障害者の人権擁護であり、入院期間の短縮や地域サポートシステムの整備と共に入院中の精神障害者の人権を尊重した診療体制と診療構造の整備を図っていくことである。
このような社会や精神科医療の変化に対して、的確に対応していくと共に、大阪府の基幹病院として、民間病院との機能分担や保健・福祉・教育関連機関との連携や地域で暮らす精神障害者を支えるために、あらゆる社会資源が協力してサポートシステムを構築していく必要があり、精神医療機関や関係社会復帰施設は、これらの組織づくりの中心的役割を担わなければならない。
U.国における精神保健医療の流れ(法制度の改革)
1900年(M33)に「精神病者監護法」、1919年(T8)の「精神病院法」、1950年(S25)に「精神衛生法」が公布され、永年にわたる私宅監護の禁止と欧米並みに、精神障害者に対する医療と保護の責任が定められた。
1965年(S40)に「精神衛生法」の改正が行われ、保健所における精神衛生業務訪問指導体制の確立や通院医療費の公費負担制度や緊急措置入院の新設などが実現した。
1985年(S60)頃には、社会復帰施設や小規模作業所など社会復帰への整備が進み、「精神病院から社会復帰施設へ」さらには、「社会復帰施設から地域へ」という流れが作られてくるとともに、向精神病薬の開発や精神科リハビリテーション医療の進歩により、通院医療の役割が大きくなった。
このような背景から、1987年(S62)には、精神衛生法が改正され、精神障害者の人権に配慮した適正な精神医療の確保と社会復帰の促進を目的とした「精神保健法」が成立し、任意入院制度や社会復帰施設の設置などが行われることになった。
1993年(H5)には、「障害者基本法」の改正により、施策の対象となる障害者の範囲に精神障害者が明確に位置づけられた。
1994年(H6)の「地域保健法」の制定によって、地域における精神保健体制の一層の充実が求められ、社会復帰施設などに対して病院や診療所から患者の紹介が促進されるような診療情報提供料が新設されるなど、より良い精神医療のための取り組みが行われている。また、社会復帰を促しながら療養・治療を続ける利点も認識されるようになり、精神科診療所数も6年間で1,5倍に増加するとともに精神病院などからの訪問看護に加えて、訪問看護ステーションにおいても、障害者に対する訪問看護を実施するなど、地域での支援システムも広がりを見せるようになった。
このような背景から1995年(H7)には、精神障害者の自立と社会参加の促進を目的に加えた、「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律」(精神保健福祉法)が施行された。
しかしながら、精神障害者に対する人権侵害は、後を絶たず、精神病院の指導監督の強化、精神保健指定医の責務の増大、また任意入院患者の原則開放処遇を定めた法改正が1999年(H11)6月に行われた。
さらには、2001年(H13)3月には、第4次医療法の改正によって、病棟区分、人員配置基準、構造設備基準などが見直された。
V.精神病院の推移
全国における疾患別・年齢別在院患者数を見てみると「精神分裂病・分裂症型障害及び妄想性障害」が最も多く、「2番目は、気分・感情障害」や「精神作用物質による精神及び行動の障害」、「症状性を含む器質性精神障害」が続いている。
全国的には、精神病院の病床数は、減少傾向にあり「精神分裂病・分裂症型障害及び妄想性障害」は向精神病薬等の進歩により減少していくと考えられ、この傾向は、大阪府においても同様である。
今後、増加する傾向にある「神経性障害・ストレス関連障害及び身体表現障害」や「気分(感情)障害」及び「精神作用物質による精神障害及び行動障害」患者のうち、重症患者についても、民間精神病院との役割分担からすれば、中宮病院が受入れざるを得なくなると思われる。また「精神分裂病・分裂症型障害及び妄想性障害」患者は減少するが、このうち重症患者については、府域における基幹精神病院及び緊急救急精神科病院として、措置患者や薬物中毒性患者等の措置・医療保護入院の受入れを選択的に行ってきた経過もあり、今後も受入れざるを得ない状況が増加するものと考えられる。
さらには、児童や思春期における重度の精神疾患については、採算性や専門性等の関係から、民間精神病院が負いきれない問題であることから、中宮病院に依存してくるものと考えられる。
以上のことから、中宮病院においては基本的に、措置患者や薬物性中毒患者等を重点的に受入れる疾病別選択を行っていかざるを得ない状況となるほか、高度な専門性が求められることから、新規入院患者が制限され、在院入院患者数は一定数の推移にとどまると予測される。
W.中宮病院の基幹精神病院としての果たすべき役割
1.中宮病院の精神医療の対応
府立の基幹精神病院として、高度の公共性を有するとともに府民の立場に立った医療を提供する義務があるため、行政的精神科医療として、精神科急性期医療及び(緊急)措置入院や応急入院等の医療需要に十分な対応を行う。
精神科救急医療体制への参画
地域における精神科救急の一元的な受入れを行うための体制整備について、検討を行うとともに民間の救急当番病院で受入れた患者のうち、対応困難症例患者の救急後の受入れを行う。
措置入院・緊急措置診察に基づく入院、応急、救急医療への対応(高度ケア部門)
措置入院・緊急措置診察に基づく入院、応急、救急医療に積極的に対応し、適切な医療を提供するとともに、院内の病棟で症状が悪化し、治療及び看護が困難となった院内患者への対応機能の拡充を図る。
2.難治症例及び触法患者への対応
民間精神病院においては、治療や看護が困難な難治症例や実施困難な診療領域も対応する。
激しい問題行動を伴う難治症例
難治症例を積極的に受入れ、適切な医療サービスを提供できるように診療機能の拡充整備をしていく。
触法患者への対応
触法行為を伴う精神障害者への対応については、重大な人権問題が予想されるので議論を深めていく必要がある。
3.診療機能の高度専門化
高度ケアや児童・思春期の入院治療等診療機能及び外来機能の高度専門化を図るとともに、精神科医療の望ましいモデルを提供する。また精神科障害者の自立と社会参加・社会復帰の促進を図る。
児童・思春期の入院治療モデルの提供
児童・思春期の入院治療は、精神障害の早期治療という面において重要であり、その入院治療を行っている府内唯一の病院として、今後とも児童・思春期部門を継続するとともに児童部門と思春期部門の有機的な連携と一貫した治療が出来るように整備を図り、新しい入院治療モデルの提供に努める。
専門外来等の充実と機能強化
多様化する精神医療ニーズに対応するため、一般外来診療機能の充実を図るとともに、救急外来及び薬物等中毒性精神障害外来、児童外来・思春期外来などの専門外来機能の充実・強化を図っていく。
社会参加と社会復帰機能の強化
精神障害者の自立と社会参加を促進するため、医療福祉相談や訪問看護・指導事業を整備するとともに地域ケアやアフターケアを推進強化するなど社会復帰支援事業の体制強化を図っていく。
4.精神医療水準の向上
日々進歩する医学・医療技術に対応するため、精神科医療スタッフの研修・教育の場としての機能をはたすとともに臨床研究を行い、精神医療の水準向上に努める。
5.医療・療養環境の向上
入院患者の人権擁護に配慮したオープンな精神医療を行うとともに、開放的でバリヤーフリーの明るく・清潔でゆとりとやすらぎのある療養環境づくりに努め、先進的で質の高い精神医療サービスに努める。
6.関係機関との連携
地域精神保健活動の中核的施設として整備された、府立こころの健康総合セン ターや民間精神病院及び府立病院等の医療機関並びに保健所・子供家庭センター・養護施設など保健・福祉・教育関連機関との連携を積極的に行い、より良い地域医療を目指す。
X 中宮病院支部の取り組み
1.全面建て替え問題の取り組み
中宮病院の現在の建物は40年近く経過し、建物や設備の老朽化及び病院の建築基準の改正により患者の占有空間の狭小化等がおきており、1995年頃より自治労府職中宮病院支部は府当局に対し、人権に配慮した医療環境の整備を求めて中宮病院全面建て替えを要求してきた。
1996年度は中宮病院整備計画案、1998年度は基本構想の事前検討、2000年度は病棟再編整備計画案、松心園と思春期病棟の合築等の問題に積極的に取り組み、患者のアメニティの向上を主眼にした計画を要求してきた。
さらに、2001年度には知事の視察も実現し、中宮病院の全面建て替えが決定したが、大阪府の財政が非常に厳しい状況の中で議会から、中宮病院の敷地を売却して大阪府の休有地に建設すべきという意見が出された。しかし組合としては、現在に至るまでこの地で精神医療を根付かせる努力を行ってきたため地域の協力も得られ、一般社会にも参加することができる。医療・福祉・地域が一体となった医療が可能であるが、移転となれば施設コンフリクトが起こり地域の理解や協力を得られるまでには年数がかかる。また患者にとって環境の変化により動揺が起こり病状の悪化を招くことが考えられるため現地での建て替えを要求してきた。
新たに再出発した中宮病院再編整備検討委員会にも組合として積極的に参加して昨年の暮れに現地での全面建て替えが決定した。さらに2002年2月府議会で知事が現地建て替えを明言した。
今後、新病院開設までに10年近くの歳月が必要であり、その間老朽化した建物・設備等に不備があれば修理、改装して治療環境を整えていく取り組みや、新病院での構造面や機能面さらに最良な治療が行える病院建設にも積極的に取り組んでいく。
2.緊急救急病棟・後送システムの取り組み
精神保健法施行に伴い、1991年に中宮病院が応急入院及び緊急措置入院を受け入れる緊急救急病棟が開設した。救急対応を含む総合的な精神科医療福祉システムの構築のために、訪問看護ステーションを開設することなど早急に財政的措置を含めた対応を行うよう支部は病院及び大阪府当局に数度に渡り要請してきた。
しかし、大阪府当局は「直ちにシステムを構築することは財政的にも時間的にも困難である。」という対応に終始し、支部が「最低限度必要」と要求してきた後送体制及び合併症対策の目途をつけず、さらに予算処置もつかないまま当局責任で一方的に見切り発車した。
開設された緊急救急病棟は、ゼロからのスタートのため当初は多少の混乱を見たものの順調に入院患者を受け入れていたが、後送先が殆ど院内に限定されていたために院内の各病棟の保護室・個室が完全に塞がってしまい、緊急救急病棟の保護室が満床になるとともに男性急性期入院受け入れ病棟における通常の措置入院の受け入れも不可能になり、緊急救急対応機構が事実上麻痺している。
予算も人員も長期に削減されつつある自治体立病院という立場では限界があり、行政による制度改革なしに精神医療・福祉の改革は不可能である。
緊急救急医療体制を円滑に運営するためには病院・施設間の連携が必要であり、後送体制が不可欠である。緊急救急に入院した患者さんの症状が一定安定した場合、リハビリや退院後の外来通院を考慮して、患者さん本来の生活圏に近い病院・施設に転院することが望ましい。この点については、行政が責任をもって制度を確立し円滑な運営を行うよう組合としても積極的に取り組んでいく。
3.地域生活支援
現在、精神障害者社会復帰施設には通所施設として、共同作業所、通所授産施設、福祉工場、地域生活支援センター等があり、大阪府においては1970年代から設置され始め、現在では、100ヵ所を超えている。当院がある枚方市内には、陽だまり、さくら会、やなぎ会、パウンドケーキ村の4つの精神障害者支援団体がある。それぞれに患者のニードやレベルにあった作業施設やグループホームがあり患者さんの支援活動を行っている。中宮病院の院内においては、外来部門では訪問看護、デイケア等、入院部門においては、リハビリテーション機能の強化としてレクレーション活動、作業療法、SST(生活技能訓練)を積極的に行っている。
上記4つの作業所と当院との関係は重要であり、地域で生活している患者が調子を崩した場合にはすぐに診察がうけられるように支援体制を設けている。また、入院している患者が退院した場合には4つの作業所に地域支援を依頼している。このように病院と地域との連携が構築していれば患者が地域社会で安心して生活を送ることができる。
当院の訪問看護やデイケアの看護スタッフは他部所の中間活用や余剰定数で人員を配置している。組合としても訪問看護やデイケアが地域支援活動の一環として行っているので早急に定数配置を認めるように病院当局に働きかけている。また、地域の作業所でのバザーや餅つき大会、そして松心園の児童とその家族を対象とした「松ぼっくりの会」でのハイキング・宿泊キャンプ・スキーなどの行事にはボランティアとして社会復帰、社会参加を促進するために積極的に取り組んでいる。
Y おわりに
精神障害をもつ人が地域で生活をする場合、どんな福祉サービスを希望しているかというと一番多いのは「具合が悪くなった時いつでも診てくれる精神科医療システム」があげられる。国は平成7年度から精神科救急医療システム整備事業として予算化したが、この制度はあくまで「自傷他害」のおそれがあるハードな患者が対象である。ソフトな患者に対しては、全国的に見て一部を除きシステムとしては一般化されていない。現実には、精神科医療機関が外来の患者さんの求めに応じてできる範囲で行ったり、ハードな救急の余力で行っているのが実情である。一般科のように「休日や夜間に少し具合が悪いので診てもらっておくと安心する」といったような、いつでも気楽に診察が受けられるような精神科医療システム作りが必要である。
自治労府職中宮病院支部は、精神障害者の人権に配慮し、地域精神保健福祉活動の強化と精神保健・医療・福祉と連携しながら地域医療の拡充や水準の向上と安心してかかれる医療提供体制の整備や精神保健福祉施策充実に向けた取り組みを行い、また地域生活支援を担うためには充実した医療スタッフが必要であるが、中宮病院では深刻な医師不足に悩まされている。民間病院の医師と比べると公的病院の医師の待遇に差があり、民間病院へ変わるケースが多いので公的病院の医師の待遇を改善し、医師スタッフの人材確保の取り組みを行う。
(資料)中宮病院の沿革
中宮病院は、1926年4月15日、精神病院法に基づき、病床数300床をもって開院された。
その後、1933年と1956年及び1963年にそれぞれ増床が行われ、病床数は、842床になったが、1964年から、増加する医療需要に対応するため、4ケ年計画による全面増改築工事に着工、1968年3月、病床数は、800床になった。
次いで、1970年、自閉症児のための児童精神科病棟42床が増床され、病床数は、842床となり、現在に至っている。
中宮病院の開放的治療構造の構築とリハビリテーションに重点を置いた治療活動は、1975年以降、精神医療の全体的な開放化と公的病院と民間病院の役割分担の流れの中で、重症・難治症例や急性症例への対応に重点を置く方向へと変化してきた。
このような背景から、1988年には応急入院指定病院に指定、1991年には緊急指定病院に指定され、精神科疾患の急性期発症に対応して来たが、その後の地域ケアの進展などによる用途変更や社会復帰病棟の休床などにより、稼動病床を682床として、現在た至っている。
1970年以降の主要な施設整備と機能整備の経過は、次のとおりである。
1971年 4月 附属高等看護学院を設置
1974年 2月 精神科作業療法の適用
1980年 4月 松心園に児童福祉法を適用
1980年11月 大阪府立松心園を設置
1982年 2月 医師法に基づき、臨床研修指定病院に指定
1983年 3月 医師法に基づき、外国医師臨床修練病院に指定
1983年 9月 精神保健法に基づき、応急入院指定病院に指定
1991年12月 大阪府精神科緊急・緊急医療体制の一環として、緊急・救急病棟を整備するとともに緊急指定病院に指定
1994年 4月 成人部門のディケア施設を整備
1996年 3月 附属高等看護学院を廃止
1997年 4月 社会復帰病棟50床を休床。現在の682床に至る。
2001年 4月 現在、院長・副院長を中心に事務局2課、医務局6診療科、看護部、薬局、府立松心園をもって運営されている。