自治労府職 建設支部
次世代に「負の遺産」を残さないために「問題を先送りせず」整理する。2001年2月に公表された大阪府行財政計画骨子案に書かれていたこの言葉は光を放っていた。財政危機を打開するため最終的に同年9月に取りまとめられた大阪府行財政計画(案)は、府民合意の下で作成することを目的に、骨子案、素案がそれぞれ公表され、「負の遺産」の整理と言うことばは、骨子案から盛り込まれた。北海道の時のアセスメントや三重県の政策評価以上に全国に発信できる時代のキーワードになると考えられた。
行財政計画(案)作成への問題提起として、建設支部は建設支部長酒井(当時)名で水と緑の健康都市事業について、自治労府職機関紙(2001.2.21号)に「水と緑の健康都市事業の検討結果についての小論」(資料参照、以下「小論」という)を投稿した。主要プロジェクトの中で廃止することにより、収支の差損が少なくなり、且つインパクトがある事業が水と緑の健康都市だった。問題提起は様々な議論を巻き起こしたが、結果的に行財政計画(案)では水と緑の健康都市事業は「廃止」ではなく、「見直し」とされた。
支部が問題提起し、市民からの批判も多いこの事業を、市民参加の計画見直しのケーススタディとして考えたい。
「負の遺産」とは民間の不良債権の役所版と言って良い。大阪府の「負の遺産」はどのくらいあるのだろう。行財政計画(案)には企業局、住宅供給公社、土地開発公社の事業が「負の遺産」とされている。いずれも、外部監査を受けたところだ。これら以外に第3セクターの事業や主要プロジェクトに該当するものが「負の遺産」となる可能性がある。
行財政計画(案)で「負の遺産」としている企業局、住宅供給公社、土地開発公社の、赤字総額は、それぞれ2,079億円(水と緑の健康都市事業含む)、997億円、118億円、総額3,194億円であった。地価が変動せず、予定どおり土地等が処分された場合のシミュレーションによる推計だった。2001年、2年の大阪府域の地価の変動を公示価格でみると、2ヵ年で、宅地は約15%、商業地は約25%下落している。単純に平均すると、20%下落したことなる。この2年間で639億円(3,194×0.2)の「負の遺産」が膨らんで、3,833億円になる。予定どおり処分されていないことを合わせると、さらに増え続けている。企業局は「企業局事業の収支見通しと会計のあり方」において比較的情報が開示されたが、住宅供給公社、土地開発公社については、未だ不十分なままとなっている。
他の主要プロジェクトの面的開発事業は、岸和田コスモポリス除いて、いずれも事業継続としている。金太郎飴のごとく「分譲価格の引下げ」「事業費の削減」などを挙げているが、収支のシミュレーションさえ示されていない。また、大阪府として、どこから優先順位を付けて処理すべきかなどの戦略的観点がない。供給過多の土地の値下げ競争が始まり、庁内調整すらままならない始末だ。先送りすればするほど「負の遺産」が増えて、次世代に多大な「負の遺産」を残すことになると考えられる。
自治労府職は「水と緑の健康都市については着手部分の開発を継続することにより、より収支が悪化することも予想される。『負の遺産』として廃止するのが適当である。」との見解を出し、警鐘を鳴らした。しかし、府当局は、2001年2月5日発表の見直し案を基に、地元市の箕面市と協議を重ね、2002年5月8日に基本合意書を締結した。その第2項に「府は、土地区画整理事業で全体構想(案)の第1区域と幹線道路を造成・整備し、その他の区域の造成については民間活力を導入するが、府が責任を持って余野川ダムの湛水(たんすい)を考慮しつつ安全な宅地を造成させ、早期に良好な市街地を形成させる」としている。この基本合意書の締結によって、大阪府と箕面市はさらに泥沼に足を踏み込むことになると予想される。
府が行なうとした第1区域ついて、2003年度、PFIを導入して行なうべく検討している。その検討内容は、第1区域の住宅数を1,100戸として、小規模地権者の保留地処分用とする。事業費は一括発注することにより造成費を18%削減できるとしている。この造成費削減は、工事内容からすると、下請け業者価格に転嫁される危険があり、問題が生じる恐れがある。
府はPFIを導入するためにPFI事業者に様々な特典を与えようとしている。主要なものは、公園、道路などを箕面市などにすぐに引き継がず、事業者にその維持管理をさせ、維持管理費を府が提供する。また本事業の特殊性を考慮した項目として、肝心の保留地処分による分譲地の需要リスクを府が負うことなど「上げ膳下げ膳」でPFIを導入しようとしている。特に大阪府が分譲地の需要リスクを負わなければPFI事業に参加する民間事業者はいないことは、それだけ「売れない土地」だと白日の下にさらしていることになる。
法律上の制約もあって、上下水道施設の運営管理は箕面市が行なうことになる。分譲が進まなければ、建物の固定資産税や上下水道の使用料などの収入は少なくなる。
第2区域は基本合意書によれば、民間活力を導入して良好な市街地を形成させるとしている。第2区域が造成できると、第1区域と合わせて、約2,900戸、約9,600人の街になる計画である。「(第1区域だけでは)中途半端で、まちづくりにならない」とした支部の批判に、一見答えているが、実際そうなるのだろうか。この区画の大規模土地所有者(法人)の親会社である中堅ゼネコンのN社は、2002年10月1日、会社清算をし、不動産部門から撤退することとなった。この土地を引き受ける他の民間会社はあるのだろうか。大阪府の見直し案で、採算が取れないので縮小するとした「まち」に投資する民間会社などないのでは?
第1区域の造成についてはPFI事業者にできうる限りの特典を与え、分譲地の需要リスクまで補償しているが、第2区域は民間開発で、PFI事業者のような特典はない。今回のPFI導入検討により、第2区域の開発の困難性を逆に自ら証明していると言える。では大阪府はどのように責任を持つのか。まさか、府の第三セクターにさせようなどとは考えていないだろう。恥の上塗りだけでなく、赤字の上塗りになってしまう。
関連事業の余野川ダムがピンチだ。昨年1月17日、国土交通省の淀川水系流域委員会が「計画・工事中のものも含め、ダムは原則として建設しない」とし、余野川ダムも対象ダムのひとつに上げられている。水需要は、人口増加の伸びが減少していること、技術革新により工業用水の需要が落ちていることなどで減少している。余野川ダムの水を必要としている水道事業者はいない。治水はどうだろう。余野川はダムがなくても、治水対策が可能な河川だ。治水の理由も成り立たないのでダムは建設できない。淀川水系流域委員会の提言に沿って、国土交通省は余野川ダム事業を廃止すべきであろう。
「小論」で、廃止した場合は400億円弱の赤字で済むが、当局の見直し縮小案では1,000億円を越える赤字になる可能性があるとレポートした。計画をこのまま推進することは、大阪府だけでなく、将来にわたって街のランニングコストを担う箕面市に大きな財政負担を強いることになる。
さらに、水と緑の健康都市事業の分譲時期が重なり、購入層も重なる千里NTでは、官民の再整備事業によって、毎年約500戸ベースで分譲マンションが売りに出される計画があると聞く。都心型分譲マンションの売れ行きの好調さは、ライフスタイルが都心回帰型であることを物語っている。右肩上がりの経済成長は終焉し、分譲住宅購入層にも「水と緑」のような高額な一戸建住宅を購入する余裕はなく、過酷な住宅ローンと心中しかねないリスクは負わない。
水と緑の健康都市事業を推進することにより、府と箕面市は底なし沼に足を取られたようにもがき苦しむことになるとした支部の当初の問題提起は、現段階でもあてはまると考えられる。見直し縮小案の基本合意書は、いずれ破綻が誰の目にも明らかになるだろう。「水と緑の健康都市事業の廃止」は、今ならまだ遅くない。
面的開発、駅前再開発、都市再開発などはバブル崩壊以後の土地価格の下落によって、収支の均衡が崩れ、「負の遺産」として自治体財政を圧迫している。大阪府は2004年度当初予算で、はじめて「負の遺産」関連として148億円を予算化した。今後、起債や金融機関への償還が本格化してくると、その予算額が年々増えざるをえない。このまま放置していくと、一般会計を圧迫し、福祉や教育などの予算の削減や、さらなる賃金の切り下げが起こりうる。
「負の遺産」を整理するとき、幹部職員は責任を負う立場であるから、どうしても「先送り」しようとする傾向がある。将来その遺産を背負うことになる若い世代の職員、技術者をどう組織していくかは、労働組合の組織論を超えて社会的に要請されている。そのために労働組合は情報を積極的に公開させ、それを元に分析して政策提言活動を活性化すべき時だ。「負の遺産」の整理などの政策提言は、賃金闘争の一環でもある。
水と緑の健康都市事業は、企業局会計に包括外部監査があり、財政分析がなされた。また、府議会民主党の関議員が委員会で奮闘され、企業局会計が丸裸になった。水と緑の健康都市の縮小見直し案がマスコミ報道され、府議会説明資料などにより、詳細な資料が明らかになった。また職場の組合員や職員の大半は廃止すべきだと判断していた。このような材料がそろうことにより政策提言することができた。そして、労働組合としても明確な見解を示すことができたなど、今後の活動に充分に生かせる教訓と言える。
面的開発などの「負の遺産」は、その地域の特性、事業手法、事業の目的、国庫補助制度の有無や補助率の違いなど、一概に同列に語れない。また、技術的には専門性が高く、技術分野に明るくなければ、分析が困難な領域となる。私たち公務員技術者は技術情報を市民と共有するために果たす役割が大きい。詳細は「フォーラムおおさか」2003年2月号記事「市民の公共事業シンクタンクをつくろう」を参照してほしい。
「負の遺産」の整理ほど悩ましいものはない。太田知事は「進むも地獄、退くも地獄」と表現した。言わば、負け戦をやりに行くようなもので、如何に負けを少なくするかが問われている。すでに、埋め立てや造成が完成した土地は売り抜かねばならない。未着工ならば、着手しなければ良い。その中間の一部着工しているものをどうするかが試金石となる。労使の枠を超えて論議すべき課題であることはもちろん、市民に正しい技術情報も含めて、情報を提供することは労働組合に課されている。