政策入札で地域を変える、職場を変える


自治労大阪府職員労働組合



 自治体が締結する委託契約に関連して、受託企業労働者の雇用、労働条件の悪化など深刻な問題が広がっている。
 たとえば、札幌市で市立札幌市民病院の清掃委託の落札が96年は2億円していたものが、2002年度には6700万円、三分の一となった。超低価格の契約で最も厳しく影響を受けるのは実際の業務を担う労働者である。
 大阪府堺市の水道局の分館には警備員が一名配置されている。夜間16時間、土日24時間の警備で年間の管理時間が約6800時間。この間の入札の落札金額は2999000円で、単純に時間数で割ると時間当たり440円にしかならない。最低賃金を大幅に下回る額が自治体の契約でまかり通っているということである。

大阪労働運動の蓄積

 自治体関連職場での賃金・労働条件の改善、労働組合活動の保障等について、大阪の労働運動は長年取り組みを続けてきた。大阪府知事に対しては、1973年に総評全国金属、1975年に運輸一般関西地区生コン支部から、また総評、国民共闘会議からそれぞれ労働争議を巡って要請があったときに、知事回答が行われた。そこでは労働関係法令及び公害防止条例に違反する企業について、所管する行政機関の処分決定があった場合に、一定期間指名競争入札から外す、或いは指名停止処分を行うという内容が盛り込まれた。労働委員会の不当労働行為の命令があったとか、労働基準法の違反があったとかの労働関係法令の違反があればこのルールを大阪府全体として適用するということである。(別紙資料1

 また、1円入札のようにあり得ない契約をよしとする考え方を改めさせ、自治体が発注する清掃等委託役務契約の低価格競争で労働者が苦しむ状況を、防止、改革しようと、自治労と全国一般、全港湾の三者で申し入れ行動を行ってきた。
大阪地評の時代には大阪府に対して申し入れ交渉を行い、清掃・警備など人が介在する委託契約には最低制限価格を設けさせたこともあった。しかし、労働組合と自治体の努力は、当時の法律の壁にぶち当たることとなった。大阪府立成人病センターの委託契約をめぐる裁判がその極端な例で、最低制限価格を設けさせたことが仇になり、契約責任者の大阪府職員が被告となって裁判を闘っていくことになった。この「警備・防災業務に係る公金支出差し止め等請求事件」は、地裁判決(1999年10月)、高裁判決(2000年4月)とも大阪府の敗訴となり、最低制限価格の設定は違法であり、病院事務局長は最低入札価格と落札価格との差額約125万円を支払うよう命じられた。(2002年7月最高裁で確定)

この裁判と判決の影響は大きく大阪府だけでなく他の多くの自治体等で逆流が起きることとなった。前述の堺市の場合も、大阪府の成人病センターの裁判があるまでは最低制限価格を設けてたが、成人病センターの高裁判決を受けて、最低価格を外して入札をやり、その結果が300万円の落札となったのである。

 自治労府職や全港湾などが取り組んできたことは、「公共サービスに関しては地域最低賃金をある程度根拠にして積算しろ」という運動であった。最賃というのは決していい賃金ではないが、それよりも悪い、最低賃金すら払えないような価格での落札はなくそうという取り組みは、10数年続いてきた。ところが、そういう取り扱いは違法であるという判決が出され、運動は大きな壁に当たったが、その事態を変えるエネルギーを供給したのが政策入札運動の提起である。

大阪府本部の提起

 自治体契約における「ダンピング」の横行に対しては、1999年の地方自治法施行令の改正で「総合評価方式」が可能となった。自治労は「総合評価方式」の活用を図るとともに、アメリカ合州国で着実に拡大している「生活賃金条例」などの経験を踏まえて、自治体契約制度の抜本的改革を提起してきた。
上記の大阪地裁、高裁判決の前提となっていた地方自治法についても、同法施行令の改正が2002年3月に施行され、最低制限価格の設定の法的問題はなくなることとなった。運動を飛躍させるチャンスである。

2002年の2月府議会では、民主党の定例本会議質問で適正入札と政策入札制度がとりあげられ、太田知事、佐野総務部長の前向きの答弁を引き出した。

自治労大阪府本部でも2002年春闘の重要課題として、社会的価値の実現をめざす自治体契約制度(政策入札)を府下自治体に導入するよう取り組みが提起され、私たちを大いに鼓舞した。当時の府本部橋本書記長は次のように提起した。
「…いくつかの実例として、自治労の組合員が働いている会社が、今の入札制度の中で雇用が守れない、労働条件の大幅な切り下げを余儀なくされるということが経験的にあります。
病院の医事業務というのは委託が相当進んでいる職場ですが、この医事業務を公立病院で委託をされた会社が、随意契約・経験・今までの協力関係などがもはや通用しない。すべて競争入札ですべきだという風潮の中で、毎年毎年契約更新していかなければならない。社会的な風潮はバブル崩壊、役所の側は安ければいいではないかという流れに、議会の指摘も含めて流されかねない。ほんとうにそうした風潮の中で、そこで働いている人たちの労働条件をある程度確保した仕事ができるのかというような単価で、この委託契約が成されてしまっているという実体が次々にでてきている。その中に、私たち自治労の組合員も存在している。
ダンピングまがいのことをせずに、まっとうなこれまでの経過をふまえた賃金単価を計算して競争入札に臨むと、落札できない。ダンピングまがいのことをしているところに負けてしまう。負けてしまえば、直接的な雇用関係は会社ですが、実際上の職場はなくなるわけですから、直ちにこれは雇用不安、失業の危機ということになる、こういう実例が現にでてきているということです。…」


私たちの思い


従前の苦い経験も含め、2002年の早春に私たちは次のように考えた。
…大阪府がすべての労働者の福祉のためさまざまな施策を推進することは勿論だが、労務提供型委託契約等の締結者としては受託企業労働者の雇用、労働条件を改善する責務をもっている。おりしも大阪府総務部用度課を中心に進められている「委託役務業務の改善」検討に当たっては、「政策入札」の考えを具体化したシステムを取り入れるよう取り組みを進めよう。

同年9月の自治労府職自治研集会は、職場や地域を変えていく新しいツールとして「政策入札」を捉える意志一致の場にした。「政策入札で地域を変える、職場を変える」と題したパネルディスカッションのパネラーは次ぎの3人。
大阪地方自治研究センター理事で、自治労の入札委託契約制度についての研究会メンバーにも入っていた奈良産業大学助教授の吉村臨兵さん。自治労中央本部の公共サービス民間労組協議会事務局長の小畑精武さん。自治労大阪府本部の橋本弘樹書記長。さらに全港湾建設支部の青木伸夫書記長の提起もいただいた。

同時期に大阪府知事宛に提出した私たちの申し入れ書は別紙資料2のとおりであるが、この9月の自治研集会は当日の参加者から好評だっただけでなく、冊子として刊行した報告集が府庁内外でよく読まれた。

自治労府職が行った申し入れ、意見交換などを受け、総務部用度課をはじめとする関係課は総合評価入札制度の導入に向け様々な準備を重ねた。担当課職員の熱意と非常な努力で異例なまでのスピードでシステムの具体化が進み、2003年度からのモデル実施(本庁舎及び門真運転免許試験場の清掃等建物管理業務)にこぎつけた。障害者雇用等の福祉への配慮、低公害車等環境への配慮を応札者企業に対する評価に組み込む仕組みは全国的注目と高い評価を集めた。(詳細は別紙資料3参照)

モデル実施の成果

自治労府職はモデル実施が成果をあげることとシステムが今後さらに充実されることを願って、2003年7月末に清掃、警備等の人的委託業務の改善について別紙資料4のとおり要請を行った。続く意見交換の中で、モデル実施による障害者雇用等の実績、業務内容の改善、他の事業に係る最低制限価格設定の効果等が示されるとともに、委託労働の厳しい現状と労働組合の取り組みについて認識を深められた。さらにシステム構築の今年度後半の課題に関連して男女共同参画など評価項目の追加検討、WTO(世界貿易機関)のサービス交渉の行方と自治体の入札制度への影響などが議論された。
これらの協議は2004年度の実施内容に反映され、実施対象施設の拡大(2→9)、福祉・環境配慮のポイント増、研修体制の重視等の制度的前進、充実が図られた。(詳細は別紙資料5参照)

2004年3月現在、上記のモデル実施は私たちが期待した以上に好評である。
清掃業務としての質の著しい向上、行政施策としての各方面からの注目などだけでなく、入札に関与した企業自身からの声も全般に好意的である。自分たちの首をしめる果てしない低価格競争をやらなくてすむと。

次のステップに

勿論私たちは今後を楽観してはいない。大きな前進を示したとはいえ現在の総合評価入札制度と私たちが求める政策入札との距離も大きい。大阪府だけの努力に期待できることの限界も当然ある。政策入札だけでなくリビングウェイジ(生活賃金)条例や「雇用継続条例」の視点、発想が現実の課題として登場してくると思う。吉村臨兵さんが示す次のようなことが今後の運動展開の参考になりそうである。
…大阪近辺の最低賃金は時給700円ちょっと。週40時間、月4週間と考えると、それはいったい何人の人間が飯を食える賃金なのか。本人だけだろう。大阪の場合だったら、例えば生活保護で生活扶助プラス住宅扶助というのがある。それで本人に対して支払われるお金というのは、月に13〜14万円くらい。…
時給700円では月12万円にもならず生活保護のレベルにも届かないということである。自治体が発注者として結ぶ委託契約だけでなく、自治体関連施設、関連事業で働くすべての労働者(たとえば、公立大学のキャンパス内で働くすべての労働者)に生活できる賃金を保障するリビングウェイジ条例、入札で会社が替わっても雇用は引き継ぐ雇用継続条例などに向け議論を進めたい。