「自治労大阪」2003年6月11日号
〜清掃業務等に関する総合評価入札のモデル実施によせて〜
奈良産業大学助教授 吉村臨兵
大阪府の委託する業務処理の数々のなかに、大阪府庁舎と門真運転免許試験場の各々清掃ほかの業務がある。今年の4月末から6月にかけて事業者の選定が進められているこの2つの案件には、これまでにない新たな考え方が盛り込まれた。その考え方は、自治労が近年「政策入札」として提唱してきたものに近い。すなわち、受託事業者の選定にあたり、ただ単に価格競争をさせるのではなく、地方自治法施行令の総合評価方式を活用することによって、できるだけ自治体の政策意図にかなうような「競争」の場をこしらえようという考え方である。
もっとも、総合評価方式それ自体は、自治体にとって「最も有利な」事業者を選定するものなのであって、とりたてて社会的な価値観に根ざした政策意図のみを反映するわけではない。たとえば建設事業や施設のPFIなどの分野において総合評価方式がまず関心をひくのは、自治体の発注する役務をどのようなデザインに結実させたり、どのように財政的に持続させたりするかといった「わざ」の側面を包含する評価方式としてだろう。そのイメージは随意契約に関わるプロボーザル方式とも類似するものだ。このたびの大阪府の案件でも、役務それ自体のそうした出来、不出来の可能性は「技術的評価」して価格とは別個に評される。
ところが大阪府の案件で特筆に値するのは、さらに社会的な価値観としての「行政の福祉化」を反映する項目も設けられたところである。すなわち、「公共性評価」として、知的障害者の就業状況などが勘案される仕組みになっているのだ。そうした項目を明文で盛り込むに当たっては、各種検討会議やチームなどで大変な議論がなされたのではないかと推察されるが、このたびの成果は健康福祉部や総務部用度課を始めとする幅広い部門の皆さんの精力的な関与によるものだろう。モデル実施とはいえ、福祉という基準を本格的に反映させた事実上全国初の取り組みと考えられ、称賛に値する第一歩である。
今年3月付の『平成14年度 行政の福祉化推進プロジェクト報告書』によれば、このほどの2案件の位置づけは次のとおりだ。すなわち、その予定価格から、WTOの取り決めによって国際競争入札に付される「大規模施設」に分類される。そしてそのなかから、平成15年度に総合評価方式の入札を「モデル実施」するものとしてまず選ばれた2ケ所ということである。
そこで、平成15(2003)年4月30日付の大阪府告示第760号によってその落札者決定基準をみると、知的障害者の就業状況に大きなウェイトがおかれることがわかる。まず「総得点」100点の内訳として「価格評価」70点、「技術的評価」12点、そして「公共評価」18点と、公共性にかかわる部分のウェイトが高い。さらにその「公共性評価」の内訳は「知的障害者の就業状況」7点、「就職困難者への支援」2点、「障害者雇用に対する取り組み」2点、「母子家庭の母に対する取り組み」2点、「環境への取り組み」2点、「再生品の使用」1点、「低公害車の導入」2点である。前半の4項目が「福祉への配慮」、後半の3項目が「環境への配慮」としてまとめられているが、いわば近年の一般的風潮とでもいえる環境への配慮の部分を除くと、残る「福祉への配慮」の過半の点数が知的障害者の就業状況によって決まることになる。おそらく、今回の事業者選定にかかわる大阪府の価値観が端的に現れている部分はここだと言ってよいだろう。
ごく当然のことだが、一方に最低価格で応札した事業者が落札者となるという原則や、しばしば耳目をにぎわすビルメンテナンス業界における労働条件の不安定さという環境がありながら、もう一方において庁舎清掃の業務を知的障害者の就労支援に活用しようとすれば、その両方の事情は真っ向から衝突する。そもそも通勤からして命がけと言われる「知的」障害者が社会参加できるようになるには、それを促したり補ったりする活動の担い手が不可欠だが、その分の人件費は、役務の購入価格という視点のみから見れば無駄金である。だがそれとともに、現時点の社会に知的障害者の参加できる分野が限られており、ようやく建物の清掃がその数少ない分野の1つとして開拓されてきたということも、また事実である。「行政の福祉化」という価値観のもとでは、この後段の事実のはうに立脚して事業者を選定するのが自然の流れであるにちがいない。
いま述べたような価値観を具現するために、評価点数の配分とならんで重要なのは、落札者を絞り込む手順である。このほどの案件では、前述したWTOに基づくいわゆる「特例政令」(地方公共団体の物品等又は特定役務の調達手続の特例を定める政令)第9条により、最低制限価格を設定することはできない。その場合、評価基準が公共性の部分にある程度のウェイトをおいていても、さらにウェイトの大きな価格の部分において安値ほど評価が上がるのならば、公共性評価(と技術的評価)の点数が少々高くてもやはり低価格で応札するほど競争上優位になる。つまり落札価格に底値がなくなってしまう。際限のない低価格化それ自体は労働条件の悪化などを招いて公共性を減殺するわけであるから、結局この手順では公共性をめぐる価値観が反映できないということになる。
2002年3月に地方自治法施行令第167条の10などが改正される以前に「自治体入札委託契約制度研究会」においてこのことを検討したときにわれわれは、まず上限価格をクリアした事業者群について応札価格が適切かどうかの調査を行い、つぎに価格に関する配点をできるだけ小さくした評価を行うというような、段階的な選定を構想していた。
それに対しこのほどの案件では、「低入札価格調査基準価格」を予め明示したうえで、応札事業者の点数評価を一挙に行うようになっている。ここでは、上記改正を受けて可能になった低入札価格調査制度が活用されているのであり、安値の応札は最低制限価格によって「排除」される代わりに同制度のもとで「調査」の対象となる。その場合に単なる安値受注は、辻褄の合わないことが露見するはずであり、こうして事実上排除されるわけである。建設事業などと比較して委託する事業規模がさほど大きくなく、また事業者ごとに多様な新機軸が提案されるという可能性も低いことからして、業務の実状に見合う洗練された手順といえよう。
以上、このほどの大阪府による先駆的な取り組みについて簡単に見てきた。この流れの定着のためには実務上なお明らかにすべきこともあろう。その一方で自治体の価値観の明示は、判断や思想にかかわるため、議論を呼ぶものも当然出てきそうだ。今回の案件では、母子世帯の母への就労支援という考え方には異論もあるのではないか。いずれにせよ、業務の受託事業者側の就業実態に行政の目が注がれるようになったことは画期的である。今後も活発な取り組みを期待したい。
吉村臨兵さん(よしむらりんペい) 奈良産業大学経営学部助教授。労働経済論、社会政策を専攻科目に「契約労働」などを研究のテーマに取り組む。大阪地方自治研究センター理事、自治体入札・委託契約制度研究会委員